アニメ・イン

めぞん一刻 全96話のレビュー

つい先日、何気なくテレビのチャンネルをまわしていたら、エヴァンゲリオンについて芸能人達が色々とトークを繰り広げている番組(テレビ朝日のアメトーク)がありました。いわゆる、通り一遍の知識ではなくて、相当マニアックなところにまで踏み込んで熱く語りまくる彼等の姿に、「へえ~、結構詳しい人が多いんだなあ」と、大変興味深く見ていたのですが、その中で、一人のお笑い芸人(オリエンタルラジオの中田敦彦氏)が勢いのあまり、こんな思い出話をしていました。
 それは、「俺の初恋は綾波レイです。当時学生だった自分は、彼女の台詞を全部録音して、通学途中ずっと聴き続けていたくらい、彼女の事が滅茶苦茶大好きでしたっ!」といった趣旨の内容だったのですが、その発言に、周囲の観客や他の芸能人達は大爆笑したり失笑したりと、大騒ぎ状態になってしまったのです。
 いくらなんでもそういった事をテレビで言っちゃうのはまずいよと、番組の司会者にたしなめられていた彼ですが、そんな光景を笑いながら見ていた私は、「いやいや、人の事を笑っていられる場合じゃないよなあ・・・。考えてみれば自分も学生だった頃、彼と似たような事をした経験があるし・・・。」などと、思わず自分の過去について、色々と考えさせられてしまいました。

音無響子

音無響子

何を隠そう私も、初めて本気で好きになった相手はアニメのキャラクターでした。しかもほぼ同時期に、二人のキャラクターに心底夢中になっていたのです。一人は、劇場版アニメ「アリオン」のヒロイン「レスフィーナ」、そしてもう一人は、当時リアルタイムで観ていたテレビアニメ「めぞん一刻」のヒロイン、「音無響子」さんです。

「アリオン」は、ギリシャ神話をモチーフにした神々の物語で、とても壮大なスケール感のある一大叙事詩的な作品です。声を発することが出来ない薄幸の少女レスフィーナの、清楚で穏やかな雰囲気がとても可憐で眩しくて、彼女に対する憧れの気持ちから、読んでもよく判らないくせに、ギリシャ神話に関する本を色々と手にとってみたくらい、当時の私は彼女に夢中でした。もう何十年も観ていませんので、物語の細かい点はすっかり忘れてしまっていますけど、彼女の顔は今でも鮮明に記憶に残っています。

一方の「めぞん一刻」は、街中に佇む一件の古びたアパート「一刻館」を舞台にした、極々日常的で生活感の漂う世界を対象としている作品です。浪人生としてアパートに住む主人公の「五代裕作」と、そのアパートに、新しい管理人としてやって来た若い女性「音無響子」さんの二人を中心に、その出会いから、様々な困難・紆余曲折を経て、ようやくお互いが結ばれるときまでを描き切っている、これまた「アリオン」とは違った意味でスケール感のある、一大恋愛物語となっています。

響子さんの最大の特徴は、何と言っても未亡人であるということです。今も昔も、ヒロインといえば、基本的に純粋さが要求されるものだと思うのですが、そんな固定観念を打ち破って登場した響子さんの存在感は、相当大きなものがあったのです。
 亡くなった旦那さん(名前は音無惣一郎。ちなみに彼女は、飼い犬の名前も惣一郎さんとしています)に対して操をたてている響子さんは、恋愛に対して必要以上に距離をとり続けようとします。ところが、顔良し・スタイル良し・性格良しと、まさに三拍子揃った魅力的な彼女を、周りの男達が放っておくはずもありません。主人公の五代に加えて、自分が通うテニススクールのコーチ「三鷹瞬」(二枚目)にも、積極的に言い寄られるようになるのです。

二人から好意を向けられることは嬉しいのですが、未亡人であるが故に、素直にそれに応じることを躊躇ってしまう響子さん。その反面、五代や三鷹が自分以外の女性とちょっと親しく話しただけでも、やきもちを焼いてむくれてしまうのですから、本当に扱いづらい女の子です。でもそんな子供っぽい一面も、普段の優しくて朗らかで、面倒見のよい、まさに完璧といっても過言ではない慈愛に満ちた雰囲気の彼女を、どこにでもいるような普通の女の子なんだと感じさせてくれるスパイスとなっているのですから、観れば観るほど私は、彼女の事が堪らなく好きになっていったのでした。
 結婚するなら響子さんのような子としたいっ!子供ながらに本気でそんなことを考えていたくらい、惚れに惚れ抜いていました。

煮え切らない三角関係を進展させるための重要な役回りと存在していたのが、同じアパートに住む個性溢れる住人達です。酒豪のおばさん「一の瀬」さん、正体不明の神出鬼没な中年おやじ「四谷」さん、スケスケランジェリーで一日中過ごしている「朱美」さんといった三人組が、事あるごとに酒盛りを開いては、五代をはじめ周囲の人々に多大な迷惑を掛けまくるのですが、彼等のおかげで五代と響子さんの仲は進展していったといっても過言ではないでしょう。
 一の瀬さんから、「あんたはいつまでも、こんなぬるま湯みたいな関係を続けたいんだろうけどさ・・・」と指摘されたことで、響子さんが自分の気持ちに向き合うようになったり、朱美さんから「手も握らせない男のことで泣くわ喚くわ、みっともないったらありゃしない」とたしなめられたことで、意固地になっていた響子さんの心が開かれていくようになったりと、肝心なところで本当にいい役回りを演じてくれています。

なんだか、長々と書いてしまいましたが、このめぞん一刻という作品は、自分にとって、アニメ好きになるきっかけとなった、とても思い出深い作品でもあります。アニメ雑誌を毎月講読するようになったのも、本作がそのきっかけでしたし、きちんとエアチェックをして毎回テレビ録画したのも、本作がはじめてでした。
 自分の中では、本当に別格の存在のアニメなので、もっ色々と書きたいことはたくさんあるのですが(例えば響子さんのやきもちに拍車をかける存在となる、五代のバイト先の女の子「七尾こずえ」ちゃんや、教育実習で知り合った女子高生の「八神いぶき」ちゃん等も、かなり重要なキーパーソンとして物語に深く絡んできています)、流石にくどくなるので、あと一点だけ、アニメ版と漫画版の相違について、ちょこっと書いてお仕舞いにしたいと思います。

アニメ版のめぞん一刻は、原作の漫画とはところどころ異なっていて、例えば原作では主人公が大学を卒業したあと、なかなか安定した仕事に就けなくて、そのことで散々苦労する様子が、かなり長くそして丁寧に描かれているのですけど、アニメ版では、そういった描写の代わりに、大学を卒業出来るか否かで苦労する主人公の姿が描かれています。
 どちらも本人にとっては大変なことだとは思いますが、響子さんと結婚するためには、きちんと就職することが不可欠なのに、お人好しの性格が災いして、どんどん苦労を背負い込んでいってしまう主人公の姿のほうが、よりリアリティーがあるといいますか、現実感・焦燥感みたいなものが感じられるので、その点は、原作に沿った展開のほうが良かったのになあと、いまだに思っています。
 でもそれ以外は、個人的にはあまり気にはなりませんでした。原作に登場していたキャラクターがアニメでは出てこなかったり、細かい演出が異なっていたりと、確かに相違点は色々ありますけど、日常生活における男女の心の機微を、全96話という長きに渡って、派手な演出を加える事無く、ここまできっちりと情感豊かに描いているというのは、十分に賞賛に値することだと思いますし、そしてなによりも、喋って動く響子さんの姿を見れるだけで、私としてはもう十分に満足なのです。

製作されてから20年以上も経過している、かなり昔の作品ですが、いま改めてその一部を観返してみると、あまりの懐かしさに、なんとも言いようの無いノスタルジックな気持ちになってしまいました。素晴らしい作品は、時代が変わっても廃れることはありません!往年の名作であるこの「めぞん一刻」を、より多くのアニメファンに知って貰いたいと思います。(波城)

(英題:Maison Ikkoku)10点
ページトップ