Silly Maid Club 私たちは真剣におバカです。 第3話『伝説の淑女、あらわる』

Silly Maid Club 私たちは真剣におバカです。

『伝説の淑女、あらわる』

本棚に第6号を差し込もうとして、手が止まった。

表紙に写っているのは、顔だけ。
首から下は、ハートと星で埋め尽くされている。
Silly Maidの歴史上、唯一の「顔だけ表紙」だ。

頬を真っ赤にして、目をうるませて、それでも口を開けて笑っている。
笑うと、小さな八重歯がのぞく。

シャルロット先輩。会員番号004。
私たちの母校、チューエル淑女養成学院の伝説の人だ。

高貴な家柄に、お人形みたいな美貌。
高等部3年のとき、外国の有名な貴族に見初められ、卒業を待たずに海の向こうへ嫁いでいった人。
大講堂の廊下には、今もその写真が飾られている。

ちなみに、クレアも学院の出身で、私と同学年だ。
なのに出会ったのは、第3号の募集のあと。
本人いわく「高等部からの外部入学だったし、クラスも離れてたからね」らしい。

その伝説が、第5号を出したあとの撮影の下見中に、森の切り株の陰から現れた。

つばの広い帽子に、足首まであるワンピース。サングラスにマスク。
完全に不審者だった。

「あ、あの……Silly Maid、の方々で……いらっしゃいますか……」

帽子とサングラスを外した瞬間、3人そろって固まった。

「シャ、シャルロット様!?」
「本物!? 廊下の写真の人じゃん!」
「えっ、えっ、伝説が切り株に!?」

先輩は切り株にちょこんと腰かけ、ハンカチを握りしめて、ぽつりぽつりと話してくれた。

嫁いで、わずか3日で離縁されたこと。
実家からは「家の恥さらし」と勘当され、10年以上ひっそり暮らしてきたこと。

「3日!? なんで!?」

クレアが遠慮ゼロで聞いた。

「……旦那様が、毎晩、寝室で何かをなさろうとするのですけれど」

先輩は耳まで真っ赤になった。

「わたくし、それが何なのか、まったく存じ上げなくて……怖くて、毎晩逃げ回って、泣いてしまって……3日目の朝に『当てが外れた。お前などもういらん、出ていけ』と」

切り株のまわりが、しんと静まり返った。
リズは黙って水筒のお茶を注ぎ、先輩の手に握らせていた。
6人きょうだいの長女は、こういうときの動きが早い。

「つまり先輩、今も……」
「……はい。29歳になっても、何も。でも、それはよろしいのです。殿方は、今でも怖いものですから」

先輩はハンカチをぎゅっと握った。

「わたくしが変えたいのは、自分の体を恥ずかしがって、おどおど目立たないように生きてきた、この性格ですの。このまま30になるのは、さすがにまずいと思いまして」

きっかけは、第5号の付録DVDだったという。
真っ赤な顔で「がんばれ、がんばれー!」と叫ぶリズを見て、背中を押された気がしたのだと。

「入ってます! 見てくれてる人全員に、シャルロット様も入ってます!!」

リズがぼろぼろ泣き出した。
29歳の伝説の淑女と20歳のチアリーダーが、切り株の前で手を取り合って泣いている。
なんだこの光景。

加入はその場で決まった。
呼び方は、クレアが雑に「シャル先輩」にまとめた。

問題は、第6号の撮影だった。

先輩は、ちゃんとSilly Maid Clubの制服を着てきた。
ほぼ水着にエプロンの、あの制服だ。
そして私たちは、言葉を失った。

すごかった。
グラビアアイドルが裸足で逃げ出すレベルのスタイルだった。
これで「当てが外れた」と言われたら、世の中の当てはだいたい外れている。

先輩は、森の切り株の上にちょこんと座った。
青いスリングショット型のボディスーツに、白いサテンエプロン。白いフリルのヘッドドレスに、青いリボンタイ。

どう見ても、制服は着こなしていた。
むしろ、着こなしすぎていた。

「きれい……」

リズがぽつりと言った。
クレアはもう、部数の計算に入っている。

「シャル先輩、かわいいじゃん。顔も体も、歴代最強だって」
「そ、そんなことは……ありませんわ」

先輩は膝をそろえて、エプロンの裾をぎゅっと握った。
頬は真っ赤で、目はうるんでいる。
笑おうとして、笑えていない。

クレアがカメラを構えて、にやりと笑った。

「ほら、笑って。みんな大好きっ♡、って」
「む、無理ですわ……! こんな格好で、笑えるわけがありませんわ」

先輩は体を横に向け、片手で胸もとを押さえた。
それでも、切り株の上の先輩は、どう見ても絵になっていた。

「大丈夫です、シャル先輩! エロ可愛いの範囲です!」
「わ、わたくし、こんなみっともない体で……」

何度言っても、先輩は首を横に振るばかりだった。
私たちが息をのんだその体を、先輩自身はずっと嫌っていたのだ。

「シャル先輩、かわいいです。ほんとに」

リズが真剣な顔で言った。
先輩はますます赤くなって、うつむいた。

それでも先輩は、逃げなかった。
切り株から降りようともしなかった。
ただ、カメラを向けるたびに顔がこわばって、全身を写すのはどうしても無理だった。

「……お顔だけ、でしたら」

前からは無理だったリズが背中を選んだように、先輩は顔を選んだ。
切り株の上ではどうしても体が写ってしまうので、撮影場所は窓辺に移し、カメラは顔だけに寄った。

シャッターを切るたび、先輩の顔は赤くなって、目がうるんでいった。
それでも何十枚目かで、ふっと口元がほどけた。

泣きそうなのに、笑っていた。
10年分の何かが、ちょっとだけほどけたみたいな顔だった。

仕上げに、先輩の希望で、首から下はハートと星で埋め尽くした。
体はどこも写っていないのに、なぜか一番目が離せない表紙になった。

画像・動画:Silly Maid Club 第6号。シャルロット♡会員No.004

付録DVDには、窓辺で撮った最後の十数秒を、そのまま入れた。
収録時間、15秒。歴代でいちばん短い。
それでも最後に、先輩はちゃんと笑っている。

「歴代最強の体で、顔だけ表紙……もったいない! 売上10倍のはずだったのに!」
「根拠は?」
「ノリです」

そこはブレないのか。

でも第6号は、ちゃんと売れた。
フレームの外に何が隠れているのか、読者が勝手に想像してくれたらしい。
恥じらいは、やっぱり最強のスパイスだ。

第6号を、第5号の隣に並べる。
リズの背中と、先輩の泣き笑い。恥ずかしがり屋が2人並ぶと、本棚が急にまぶしい。

あのときの先輩は29歳。今の私と、同い年だ。

(リズの手帳には、今も『シャル先輩:保護対象』と書いてある。……そして私も、29歳の先輩のことを笑えない。その理由は、またおいおい話す)